被災を乗り越えたオタクは強いんだぞ

 

 

 

私にとって2018年は試練の年だった。

慣れない仕事と新生活に気持ちがいっぱいいっぱいだったあの時期にあの記事を書いた。

すべての頑張るヲタクたちへ - 醒めない夢がいいの

そのわずか2日後に私の故郷は西日本豪雨により沈んだ。唯一心休まる場所であった実家は二階まで浸かり全壊。全て無くなった。

 

2018年の漢字は「災」になったらしい。本当にその通りだと思った。2018年という年が無かったらよかったのに、と何度も考えてしまう。

 

今まで自然災害とは本当に無縁で、幼い頃から自然に囲まれて生きてきた身としてはその大好きだった自然に突然裏切られたような感覚で実感が湧かないのが正直なところだった。

 

家族は全員無事で、飼い始めたばかりの愛犬も一緒に避難できたと聞いてひとまず安心した。でもその翌日実家に帰ってみると変わり果てた町がそこにはあって、涙…というよりも信じられない…という気持ちの方が大きかった。こんなことが自分の身に起こるなんて想像したこともなかったから。つい数ヶ月前まで生活していた場所。ここで成長してきたのに。仕事が辛くて毎週のようにここへ帰ってきていたのに。私にとって故郷は本当に本当に心の支えで、パワーをくれる場所だったのに。一瞬で失った。

 

今まで溜め込んでいたストレスがピークに達して、なんとかギリギリまで保っていた気持ちがプツリと切れて、私は短期間ではあるが休職した。

 

物は呆気ないなと思った。10年以上かけて集めてきたCDやグッズは全部水に浸かってダメになった。ジャニヲタ10年戦士からすればこんなに辛いことはない。大袈裟かもしれないけど自分の命同然、「これが私の歩んできた人生です!」ってグッズ見せて言い切れるくらい大切なものだから。この件だけでもしばらく立ち直れなかった。

 

でも。以前被災してグッズが全部無くなってしまった方の話を聞いて「私なら絶対に耐えられない」「死んだ方がマシ」なんて言ったことがあったけど、正直家が失くなる以上に辛いことはないと知った。大切な人の命があるだけでこんなに幸せなんだと、この歳で初めて知った。家族みんなの命があって良かった、その代償が私のグッズなら全然小さな物だと思えた。

 

すぐに連絡してくれた子や、少しでも私の元気になればとグッズを送ってくれた子がいた。すごくすごく支えられた。支援物資を送ってくれるのも本当に助かる、けど心を元気にしてくれる物が送られてくるのは本当に嬉しかった。年に数回会うか会わないかの関係でもここまで心配してくれる子がいるんだなと思って涙が出た。

 

私は休職中、少しの間叔母の家で過ごさせてもらった。両親には心配かけたくないし、こんなに大変な時に弱音を吐くのはダメだと思いながらも叔母には自分の気持ちを少し吐き出せた。叔母の家は精神的にも身体的にももう限界がきていた私にとっては本当に温かい場所だった。よく来たね、いつまで居てくれてもいいからね、一緒にご飯食べよう、無理して働く必要ないよ、今は少し休もう、その言葉ひとつひとつが嬉しくて、あの頃の私がかけて欲しかった言葉を全部くれた。

 

あの頃は泥だらけの家を綺麗にすることだけに時間を取られていた気がする。少しでも救出できるものを救出して洗って乾かして。ほんとに苦しかった。

 

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片付けも少し落ち着いてきたちょうどその頃、NEWSの15周年ライブがあった。

こんな状況で行ってもいいのかすごく迷ったし、母もとてもそんな気持ちにはなれないといった感じだった。でも私はこんな時だからこそ行かないとという気持ちにどんどん傾いていった。片付けで随分痩せてしまった父も「せっかく当たったんだから一日くらい楽しんでおいで。」と言ってくれた。ただでさえ号泣もののライブなのに、自分たちのことが重なって終始涙が止まらなかった。被災してから私に涙を見せなかった母が、NEWSの歌う姿を見て泣いていた。

あのタイミングで「生きろ」がリリースされたのはある意味運命的というか、やっぱりいつも私の背中を押してくれるのはNEWSなんだなと改めて思った。

 

 

 

 

そんな被災から1年が経った。本当にただひたすら苦しい1年だった。

私はとりあえず仕事にも復帰してがむしゃらに働いた。泥だらけのグッズは使えないと分かっていたけど未だに捨てられないでいる。

 

実家の方は綺麗に建て直し、今みなし住宅で暮らしている家族もやっと来月から新しい家で生活できるようになりそう。

 

 

そして私はというと、1年悩みに悩んだ結果今の職場を辞めて実家に戻ることにした。もう人生最大の一大決心(笑)なかなか勇気のいることだったな(笑)ずっと考えてきたことだったからこのタイミングで決心して良かったと思う。

 

でもこの1年で家族の有り難さや温かみを本当に深く学んで、故郷で一緒に暮らしたいという気持ちになった。だから心機一転わたしも新しい環境で自分の気持ちを大切にしながら生きていこうと思う。辛いときそばで支えてくれた家族、友達、遠くから応援してくれたジャニヲタ仲間、そして私の心にいつもついていてくれたNEWS。私に関わる全ての人への感謝を忘れず生きていこうと思う。

今は引っ越し準備をしているところ。ずっと捨てられないでいたグッズももう綺麗さっぱり捨てるつもり。多分また泣いちゃうけど。でもこの10数年捧げてきた推しへの愛は物には変えられないもん!!!気持ちで勝負するもん!!!

崖っぷちの私を支えてくれた手越君への感謝はこれからの私の生き様で返すもん!!!伊達に手越担してないからね!!!手越くんのストイックさと強さともう魅力ぜんぶ見習ってるんだから!!!そりゃ手越担の私だって強くない訳ないもん!!!二重否定=強い肯定=手越担は強いんだぞ!!!そしてこれからも変わらず貢ぐもん!!!(あれだけ物はあっけないと学んだのにそこだけは学習能力が皆無でいろいろ買っちゃう。散財も大きな愛。)

 

 

ということで、たくさん失った1年。(まさか職まで失うことになるとは思ってなかったけどね)でも得たものもたくさんあった1年!私の人生に必要な経験だったんだろうなと前向きに捉えて、私はこれからも被災を乗り越えたジャニヲタ社会人として強く生きていきます。

 

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